中国でブルジョワ華人の妻してます

中国で商売している金持ち華人の家に嫁いできました。文化の違いや貧富の差に驚きいっぱいの国際結婚生活をつづります。

カテゴリ:■ちゃんこ > 思い出話

今日はすみません、骨休め的な記事です(´・ω・`)今回はズバリ、女子大生ちゃんこのmixi日記。需要が無いのは知っています\(^o^)/例によって当時の一人称は「あたし」。きつい。ーーーーーーーーーーーーーーーー【閲覧注意】今読み返してみると、かなり偏見に満ちた文章になってます。読



今日はすみません、
骨休め的な記事です
(´・ω・`)


今回はズバリ、女子大生ちゃんこのmixi日記。
需要が無いのは知っています\(^o^)/



例によって当時の一人称は「あたし」。きつい。


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ーーーーーーーーーーーーーーーー
【閲覧注意】

今読み返してみると、かなり
偏見に満ちた文章になってます。

読む人が読んだら
気分を害される可能性が高いです。

あくまでも「当時まだ大学生だった
ちゃんこ達が考えた“自分の幸せのカタチ”」
を書き綴ったもの
である旨を
ご承知おきいただけると嬉しいです。

私以外の他の誰のどんな価値観をも
否定する意図は全くありません。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

以下、青文字部分はmixiからの抜粋。
↓↓↓


タイトル:人生幸せ計画(仮)


投稿日:2007年05月19日

前回に引き続き、未来妄想日記です。 

「孫の面倒を見る」という
人生の最終的な目標を
達成するための
第一歩である「幸せな結婚」
テーマに
女子3人でアツい井戸端会議を繰り広げました。 


2019年のちゃんこより補足

この井戸端会議を繰り広げた女子3人は当時全員彼氏ナシでした
この事実を念頭に置いて以下の文章を読んでいただくと、一層味わい深いものになるかと思います(笑)




一目惚れには訳がある

あたし今まで一目惚れって
信じてなかったんですよ。

そんな直感を頼りにするんじゃなくて、
ちゃんとどーいう人かってのを
じっくり見たい。みたいな。 

でもどうやらあながちただの第六感って
わけでもなさそうなんです。 


人間には本来、生存率の高いより良い遺伝子を
残そうとする
動物的本能が備わってるそうです。

たとえばあたしがAとBっていう抗体を
持ってたとしたら、
CとかDっていう抗体を
持ってる男子にビビっとくるらしい。 

考えてみたらそうですよね。
他の動物は人間と違って
性格やステータスで
相手を選んでるわけじゃないでしょうし。 

だからビビっと来た人ってのはむしろすごく
相性がいい人なのかもしれません。 


自分磨き大事

自分の理想の人と結ばれるためには、
自分も相手から選んでもらえるような女に
ならなければならない。

だから自分の魅力を磨くのって
本当に必要なことなんだろうと思います。

自己投資は重要です。
女にとってダンナ選びは
人生を左右する大問題
だと思われます。 


愛人は辛い

愛人ってめちゃくちゃつらいと思います。

だってすごく愛して大切にしてもらえるけど、
結局結婚したい女じゃないんですよ。

ってことは、
結婚したい!って思ってもらえる女子に
ならないと、
あたしたちが望む幸せは
やってこない。 


料理っ!!!!

結婚したくなるのは絶対においしい料理が
作れる女子だということで全会一致!!

相手の胃袋をつかんだ者勝ちです。 

極論を言えば、相手の好物を、より相手好みに
めちゃくちゃおいしく作れればそれでもう十分。

彼の好物をひたすら極める!!
その一品さえあれば… 

これさえあれば夫が不倫して離婚…っていう
最悪のパターンも防げる可能性が高い。

たとえ浮気したとしても、別の女の家で
その女の手料理を食べたときに
うちらの料理を思い出してもらえるはず。

そしたら浮気されても離婚には至らない。
 
こっちには大きな手駒があるわけだから
自信を持って、
謙虚に信じて待っていれば、
夫は罪悪感からいつか戻ってくるはず。 


気配り大事

普段からさりげない気配りで夫の生活の
リズムの中における
自分の存在感を
大きくすることも大事。

要はうちらから離れられないようにすれば
大丈夫ってこと。 


妻の態度が夫の昇進・昇給を左右する説

たとえ給料にあんまり満足してるわけじゃない
としても
「もっと稼ぎなさいよ」とか
「もっと上目指しなさいよ」って
言うんじゃなくて、

「おめでとう」とか
「頑張ってくれてありがとう」
っていう風に
成果を褒めることで
また上を目指す活力になる。


前者の妻だと夫の昇進も
ある程度のところまでしかいかない。

でも後者だと夫はどんどん上へ
あがっていけるらしい。 



褒めるところはちゃんと褒める。
言うべきところでは言う。 

普段から文句ばっかりだと
いざってとき説得力に欠ける。
 

夫の母親のようになってしまってはダメ!
あくまで妻!! 


つまりいかにして男をたてるかが重要。

相手が辛い境遇にあるとき、
「あたしもそういう経験あるよ~」って
同感するのはあんまり。相手は女じゃないから。

それよりも「あなたなら出来るよ!」って
素直に励まして
後ろからポンっと背中を押して
送り出すような姿勢の方がいいらしい。
妻っぽく! 


健康第一

ボケないようにしたいです。
そんで孫と一緒に遊べるくらいの
健康な体を維持しておきたいです。

あと歯も。
食の楽しみがなくなったら辛すぎる。 



…てな感じでめちゃくちゃ
得るものの多い話し合いでした。 

この世知辛い世の中ですが、
女子は女子らしく
強かに
生き抜いていきたいと思いました。



勝手気ままな理想論のオンパレードですね\(^o^)/
まさに机上の空論!!!!

そんなにうまく事が進んだら
誰も苦労はしないっつーの!!


ついでにもう一つ。
こっちはもっと必死感が強い。
余裕なかったんか。


タイトル:未来予想図~激動の10年~


投稿日:2007年05月30日


また将来の話です。 
申し訳なんですが、自己満日記です。 

最近本当に将来のことに想いを馳せています。 

なんでこんな先のことばっか考えちゃうんだろう
って考えたら、
今は勉強以外にすることがない
からなんだろうなぁと思いました。 

日本にいる時は勉強はそこそこに
バイトや、サークルや、飲みや、
遊びやと
いろいろ忙しくて今を生きるので
精一杯だったなぁと。 

だから日本帰っていろいろやることが増えたり、
特にいざ仕事初めて日々忙しくなったら
こんなこと
のんびり考えてられない
んだろうなぁと思いました。 

そう考えたら逆に、今いっぱい将来のこと
考えておくのも
必要なことなのかもしれない
と思いました。 

働き始めて日々追われるように
駆け抜けていくとしたら
きっとあっという間に
数年と経ってしまう気がするのです。

それももちろん全然悪くないと思うけど、
やっぱりその中でも将来の理想像が
あるかないかで
大分変わってきてしまう
のではないかと。 

たとえば27歳でこーなっていたい、とか
30歳であーなっていたいとか
なんとなくあるだけど、
そしたらその理想に
向かって頑張れるわけで、
日々の過ごし方にも
少なからずなんらかの影響があるんじゃないか
と思いました。 



今日の結論→10年後には落ち着きたいっ!!!(精神的に) 


あたしは23歳から働きはじめます。 
そして、そこから始まる10年間は、
まさにその後50年に及ぶ
長い長い人生を
左右する激動の10年になるだろうとの予想。 

なぜなら、(“一般的な幸せを求めるのであれば
30代前半までの時期は仕事、結婚、出産など
超重要イベントが目白押しだからです。

各イベントにごとに、自分の選択次第で
その後が全く違う人生になる。
もちろん運によるところもあるだろうけど。 

今はまだ学生。22年間、常に学生だった。
 
学生であること、
自分の家庭があること、
親に頼って生きていること。 

今までずっとこういう基盤の上にいた。

今までいろんな選択や失敗を経験してきたけど、
どれもその基盤の上でのことで、
基盤が失われるような規模のデカい失敗とかは
してこなかった。

だからなんだかんだで比較的
安定していた方なんだと思った。 
言ってみれば、底辺が保障されていた。 

それが当たり前で、もう空気みたいな感じだった。 

でもこれからは違う。
その当たり前がなくなる。

親に頼ってばかりはいられない。
どこで何をするにも個人の自由。

今までの基盤がなくなる。
天国にもいけるだろうし、
でも地獄を味わう可能性も大いにある。

底辺の保障がない。
落ちるときは落ちるとこまで落ちる。

そんな激動のまま何十年は厳しすぎる。
だから家庭を持つことで
最低限の幸せの保障が欲しい。

もうだめかも…と思うときに一人でいたくない。 

だから次はそういう、今までの家庭に代わる
新しい基盤を見つけなければならない。 

なんとなく思うのは、
仕事、結婚、出産、社会復帰といった
ステージを
クリアすることができれば、
今後数十年に渡る長い人生を
安定的に送る
生活の基盤が出来たと言えるんじゃないのかなぁと。
もちろん絶対とは言えないけど。 

でもあたしは多分。
35歳でこういう基盤がもし何もなかったら、
将来がとても不安でしょうがないと思う。 


だからとりあえず、めざせ10年計画!!! 

33~35歳くらいまでに各ステップを
クリアして落ち着きたいなぁ。。

仕事を続けるのなら
このくらいの時期で社会復帰を果たしたい。 


ある意味で、あたしの人生って
これから始まるんだなぁと思いました。 

今まではひたすら種をまくだけで、
これからやっと花開かせるための段階に
入るんだろうなぁ。。 

人生80年はながい。
まだまだこれからだー!



30代半ばの今の私よりも
22歳当時の「あたし」の方が
だいぶ真面目に人生のこと考えてたなぁ
という印象です。。。

そしてバリバリ働く気満々( ;∀;)

こうしてなんとか結婚まではこぎつけたけども、
まさか結婚した後ニート専業主婦になるなんて
想像もしてなかったんだろうなぁ・・・

人生どうなるか分からないもんですね(´・ω・`)




おしまい




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おまけ
↓↓↓
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<中略>

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この記事の関連で・・・
↓↓↓

今回は昔の写真を掘り起こしていた時に
発掘した胸アツな写真を載せまくります!

大学時代に経験した1年間の中国留学の中でも
ひときわ思い出深い出来事の一つ。

それは中国の田舎の農村を
訪問させてもらったときのことです。



私たちが留学したのは北京。
中国の首都ということで
かなり発展した大都市です。

図47
(↑北京の空気は当時からやばい)

図46
(↑渋滞もやばい)

133-41

ということで留学仲間のYちゃんと一緒に
大学内の旅行会社へ相談に行きました。

すると、窓口の張さんが

133-40

というわけでYちゃんと二人して
張さんの実家へおじゃまさせて
もらしたのでした!!!

村の場所は地図で言うとこの辺。
北京から直線距離で300kmくらいは離れてそう。

村の場所2

河北省の中でも内モンゴル自治区が
めちゃ近い場所です。

ここからは当時の日記
(mixiより抜粋)とともにどうぞ。

例によって一人称は「あたし」です(笑)
↓↓↓


------------

張家口というところにある
三里庄という農村に行ってきた。 

大学の留学生寮のとなりにある
旅行会社の張さんの実家へおじゃました。 


まずは北京から列車で4時間。

図44
(↑最寄り駅の張家口駅)

図1
(↑駅前の広場)

図45

図2
(↑毛沢東像と。手が逆だったw)

張家口駅からまた車で1時間。 
途中で乗り合いバスを乗り換えたりした。

図42
(↑乗り合いバスを乗り換えた場所)

図43
(↑田舎っぽくなってきた)

車に乗ってるとき心配になった。
ものすごい荒野をひたすら走ってたから… 

図41

こんなところに村なんか
あるのかなぁ~って笑 

図39

朝宿舎を出発して、
夕方になってやーっとたどりついた。 

そこはある意味で想像通りの
「中国の農村」だったし、
ある意味で想像を超えていた。 

図24

北京とは別世界すぎる。
同じ国とは思えない。 

図31

てか5時間でこんなに
変わっちゃうんだ~と思った。 


図37

図36

ほっとんどの家がレンガ造りの平屋。 
タクシーだのバスだのなんかなくて、
その代わり馬&ロバに荷車引っ張らせてる。

図29

そこらへんで牛が草食ってるし。 

図23

図21

張さん家の庭には
ロバ、牛、ブタが一頭ずついた。 


図20

図35
(↑張さん実家の庭)

生活はとても質素だった。 

たしかに電気は通ってる。
夜は明かりがつくしテレビもある。 

でも料理をするときはかまどだった。
まさにサツキとメイの家みたいな。 

図15

図14

薪(というかトウモロコシの茎、草)を
入れて自分で空気入れて温度調節してた。
ストーブも同じ原理だった。 

図17

図18


水道がないので蛇口はない。

水は水がめに貯めてあった。
そこから必要な分だけ汲み取って
大切に使ってた。

使用済みの水も捨てるのではなく、
別の桶にためておいて撒いたりして再利用する。 

家にお風呂もない。
週に一回、村の公衆浴場で身体を洗う。 

ちなみにトイレは青空トイレ。
ブタのとなりの物陰が肥溜めで。 
斜めに深い穴が掘ってあるだけ。
ニオイは半端ない。

図34

人がとてもあたたかかった。 

張さんのお母さん、いきなりやってきた
あたしたちにも「よくきてくれたねぇ~」
って言ってくれた。

心の底からそう思ってくれているんだなぁ
って分かるような、そんなステキな笑顔だった。
一目ぼれした。 

お母さんのご飯は
本当に本当においしかった!!! 

図33

図32

村の人たちはみんな知り合いで、
困ったことがあったらみんなで助け合う。 

夕飯食べてたら近所の親戚たちが
あたしたちを見にやってきた。 

戸締りとかしてないのか、
みんな当然のように何も言わず
勝手に家の中に入ってきて
「やぁやぁ」みたいな。 
人と人の距離感が近いのかな。

笑顔がステキすぎるのは
お母さんだけじゃなかった。 

みんなすごい楽しそうに
話して、そんで笑ってた。 

うちらのこと珍しがってたけど
全然嫌な感じじゃなくて、
むしろ受け入れてくれるような
あったかさを感じた。 


翌朝、バイクに3ケツして村を走り回った。 

小学校、元・中学校、広場、公共浴場、
親戚や友達の家、いろんなとこ行った。
いろんな人に会った。 


図4

図5

図6
(↑小学校の校庭)

図9

図8

図7
(↑三年生の教室。「普通語を話しましょう」って注意書きがある)

図10

図28

図11

図13

いろんな話聞いた。 

農民の収入が低いこと。
生活の大変さ、特に子供を育てることの大変さ。 

農村の子が大学に入るは大変だっていうことは
知ってたけど、その厳しさを思い知った。

金銭面でも、勉強する環境でも…
子にとっても親にとっても… 
想像を絶する厳しさなんだろうと思った。 

北京大学なんて本当に本当に
途方もないことなんだろうなぁ。。 
だからみんなあんなに熱心に勉強するんだなぁ… 

図40

図12


そして景色が綺麗だった。
いつまでも見ていられる感じ。 

北京にはない、青空があった。
空気がおいしかった。 


星が見えすぎた。天の川見えた。 
どーしよーーーーーもなく感動した。
深く心に沁みた。いろんな人を思い出した。 

今までいろんなところで
いろんな景色見てたくさん感動してきたけど、
あんなにどーにもならない気持ちになったのは
初めてだった。 

とにかくステキだった。
ステキすぎた。 


梨がおいしかった。 
日本であたしあんまり梨食べなかったんだけど、
この梨は本当に本当においしいと思った。 
なんであんなにおいしかったんだろう… 



村の人たちはみんな決まって
「ここは何も無くてつまらないでしょう」
って言う。 

実際なにもない。
あたしはここに一週間も滞在できないと思う。
絶対飽きる。本当に何も無いから。 

でも彼ら自身は全然つまらないとは
思ってないんだろうなぁと思う。

みんな自分の村が好きなんだろうなぁ、って。 
そういう笑顔だった。 


何もないけど、充実してるってこと。 


なんだこれ。 
内モンゴルへ行ったときも
すごく感じた。すごく考えた。 
今でもまだよく分からないけど。。 


最近すごく感じるのは人の存在、その大切さ。 


何も無い場所があるとする。
そこで幸せに暮らすのに
必要なものは何かって考えたら、
それはモノの豊かさじゃない。
便利さじゃない。

お金、それも確かにめちゃくちゃ大事。
でもまずなによりも重要なのは人だよ、人。 

大切な人がそばにいるってだけで、
それだけで毎日楽しいし、
それだけで十分幸せ感じられると思う。 

だから何よりも大事にしなきゃいけないのは
人とのつながり。 

大切にしたいと思える人がいるなら
ちゃんと大切にしてあげないと。
必要なのは思いやりよね。 

そう考えたら人への思いやりって
結局は自分のためなのかなぁ~と思う。
…というか思えるようになった。 


とにかく今回は、一生モノの経験になった。

みんな笑って迎えてくれた。
それがすごくうれしかった。


図16





以上です!

「何もないけど充実してる」
これってすごく幸せなことじゃないかと。

農村での生活は決して
豊かそうには見えなかったけど
それでも疲弊したような感じはなく、
村の人たちがみんな穏やかな笑顔で
にこにこしてたのが心に響きました。


おしまい


<2/1 12:00追記>

今回の記事で、写真に添えた長い文章は
まだ20代前半の大学生だった頃の私の日記の
言葉そのまんまです。

当時の日記を読み返して改めて
「私はやっぱり中国が好きだなぁ」という
あたたかい気持ちを再認識しましたし、
そこから10年経った今、中国と関わっていると
いろいろあったりするけど、
当時の初心を忘れないようにしたいな
という気持ちで今回記事にしてみました。

ちゃんこ



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なれそめ編です。

第一話はこちら
↓↓↓




なれそめ25しまなみで得たもの-5
なれそめ25しまなみで得たもの-1
なれそめ25しまなみで得たもの-2
なれそめ25しまなみで得たもの-3
なれそめ25しまなみで得たもの-4


旅行じゃなくて
修行でした(笑)


だってこの高低差ですから!!!

kouteihyou-thumb-700xauto-7057
(※↑画像元:「シクロの家」 ゲスト様向けサイクリング情報ページ


ママチャリで越える山じゃない
\(^o^)/


でもあのラスボス的存在の
来島海峡大橋の姿を目にした時の
高揚感は今でも忘れられません。

全ての痛みを吹っ飛ばしてしまう
あの興奮と感動と喜びはもう。


次の話


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ここからまた当時の旅の思い出
日記を振り返りです。

例によって長いです。
すみません。



【3日目】ついに来島海峡大橋


 大山祇神社を後にしてからは
今治まで残り約40kmの道のりを、
ひた走る、ひた走る。

かまぼこみたいな大三島橋を渡って、
第6の島「伯方の塩」で有名な伯方島へ。

大三島橋

夕刻までに今治まで行かなきゃいけないので、
とにかく前へ進む。

次は最後の島・大島へ渡るため、
伯方大島大橋を渡る。

伯方大島大橋

平山郁夫が描いた伯方大島大橋。

平山郁夫の伯方大島大橋

橋の上から。

伯方大島大橋2

この最後の大島が名前の通り
比較的大きな島で、自転車では険しい道だった。
峠を2つ越えた。遠い道のりだった。


そしてついに辿り着いた、来島海峡大橋!!

来島海峡大橋

なんて大きい…

ここに来るまでいくつもの
橋を渡ってきたけど、大きさが桁違い。

遠い。

遠く、島々を繋いでいる
大きな大きな橋。


峠を越えた先にこの橋の姿を望んだ時、
なんかもう、得も言われぬ感動で胸が打ち震えた。


橋を上る最後の坂道はひときわ長かったけど、
もはや苦しくなんかなくて、
ただ一つの喜びにも似た感情だけ、
とにかく「早く上まで行きたい」という
ただその想いだけで、一歩、一歩、
ペダルを踏んだ。


あいにくの雨が降り始めていたけど、
何も感じなかった。

ついたーーー!!

来島海峡大橋2

さすがに大きな橋だけに、
橋の上も緩やかな坂道になっていた(笑)

来島海峡大橋4

一際高い橋の上からの瀬戸内の風景は、
格別だった。

これがもう本当に最後だと思ったから、
ゆっくり、ゆっくり、何度も止まっては
写真を撮ったりして、思う存分満喫した。

来島海峡大橋3

長い長い大橋を渡りきると、今治の造船所が。
やっぱりかっこいい~!!

今治1

しばらく今治市内を走り、ついに、ゴール。
今治駅へ到着…!!

いえぇーーーい

今治2


本当、途中どーーなるかと思ったけど(笑)、
無事に尾道から今治までの長い道のりを
自分の足で渡ってこれた。


よかったよかった・・・・


今治からはバスで松山は道後温泉へ。

椿館。
すごく良いお宿さんだった。
料理が素晴らしすぎた。

椿館1

松山水軍太鼓による、和太鼓の生演奏もあった。
迫力がすごい。和太鼓かっこよすぎるーーー!!

椿館2


てな感じで、長旅を終えた後のご褒美が完璧だった。お宿代でお金はすっとんだけど…(笑)


充実感に満たされた、最後の夜だった。



「千里の道も一歩から」


今回のしまなみ海道自転車横断、
けっこう軽い気持ちで初めてみたけど、
実際はものすごくしんどかった。
体力的にも、精神的にも。

旅行じゃなくて、修行だった。笑

でもそこで学んだことは、
小さな一歩の積み重ねは間違いなく
結果に繋がるということ。


下り坂は調子よくスイスイ進めるけど、
上り坂はもう徒歩と変わらないくらいの
スピードでしか進めない。

その時、目線は自分の一歩が
辿り着くほんの数十センチ先。

考えてることは、ただひたすら
「一歩、一歩、一歩、一歩…」
念じていた。


がんばってもがんばっても
一向に終わりの見えない、
長い、長い、上り坂。。


気が滅入りそうになるけど、
ふと振り返ると後ろには、
自分が今登ってきた坂道が見渡せる。

それは始まりが見えないくらい、
長く、長く、続いている。


そして視線をあげて周りの景色を見渡せば、
知らないうちにすごく高いところまで来ている。

空を飛ぶ鳥と同じ目線。高い。

多々羅大橋


間違いなく、自分の力でここまで
登ってきたんだと気づかされる。

小さな、ほんの数十センチの小さな
一歩の積み重ねが、確実に活きている
ということを体感する。


「千里の道も一歩から」とは本当にその通りだ。

どんなに小さな一歩も、
間違いなく意味がある。

諦めずに歩き続ければ、
いつか千里も先の遠い場所にだって
辿り着ける。


ということを、体感した。
自分の身体で学んだ。

いい人生勉強になった。


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鳥と同じ目線。
この喜びは車で来ていたら感じ得なかった。








なれそめ編です。

第一話はこちら
↓↓↓


なれそめ24しまなみ海道-5
なれそめ24しまなみ海道-1
なれそめ24しまなみ海道-2
なれそめ24しまなみ海道-3
なれそめ24しまなみ海道-4


しまなみ海道を
ママチャリで横断しました。

・・・ってなれそめから
話それてますが、ちゃんと
チャンポンとのエピソードに
帰結していく内容ではあるので
しばしお付き合いいただけると
幸いです( ;∀;)


次の話


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ここから当時の旅の思い出日記を
写真付きで振り返ります。

よろしければ写真だけでも眺めて
いってやってください\(^o^)/

長いです。すみません。




【1日目】尾道:古き良き風景が残る寺社の街


今回の旅の主目的は
「しまなみ海道を自転車で走破すること」

尾道で自転車を借りて、
今治まで自転車で海を渡る。

そんな旅の、まずは初日。尾道から。
この日は前哨戦として尾道市内を観光。

とにかく尾道は、(良く言えば)レトロ。
昭和の風景がほぼそのままの形で、残ってる。

そしてお寺や神社と、
人々の生活が融合している。

民家のすぐ裏にはお寺があり、
神社のすぐ脇には民家があった。

尾道は、どこか懐かしく
居心地のいい、平和な街だった。

◆癒しの艮(うしとら)神社◆

千光寺行ロープウェイの麓にある、
おっきな楠に守られた、艮神社。

艮(うしとら)神社

新緑の爽やかな緑が綺麗だった。
すっごく静かな場所で、癒された。か
なり気に入った。

◆猫の道◆

猫の道

尾道って、猫の街なのかな?
いろんなところに猫がいたし、
招き猫美術館もあったし、
お土産屋では猫グッズがたくさん。

◆愛染明王のおわす千光寺◆

これは平山郁夫も描いた有名な鐘楼。

千光寺1

こちらが愛染明王様。

千光寺2


邪まな愛、貪りの愛を戒める
恐ろしい形相…!!

縁結びの仏様がこんなに怖い顔
してるとは思わなかった…笑

◆牡丹咲き誇る天寧寺◆

牡丹の花って初めて見たかも…
すごく大きい。

天寧寺1

この三重塔は室町時代に建立したらしい。
この風景も平山郁夫が描いていた。

天寧寺2

初日は体力温存しておく予定が…
たくさんのお寺と神社を巡って、歩き倒して、
早速足に疲労が蓄積されてしまった。

【2日目】因島の造船ドックと岩城島で過ごす静かな時間


朝6時起床して、しまなみ海道横断用の
レンタサイクルターミナルへ向かった。

カゴが大きめなママチャリを借りた。

自転車

しまなみ海道の地図はこちら。

cyclingmap
(※↑画像元:公益社団法人今治地方観光協会

まずは、尾道から渡し船で向島へ行った。

ここが今治まで続く
約70kmの道のりのスタート地点。

サイクリングスタート

お天気にも恵まれ、快調にスタート~!

私はもともとチャリンコが大好きだから、
小さな島の静かな田舎道をすいすいプラプラ
自転車でひた走るのは最高に気持ち良かった。




瀬戸内の風景が好き。

静かな水面の上に、小さな山が
ぽこぽこっと浮かんでいるのは、
ここでしか見られない風景なのかなぁと思う。

瀬戸内の風景

が、しかしとにかく日差しが強い。
帽子を買ったけど、風ですぐ飛ばされてしまう…

というわけで、持っていたストールを
頭に巻いて、日よけ兼帽子押さえにした。
こんな感じで。 大きな因島大橋を背景に。

日焼け対策

見た目は難アリだけど、これがまた効果バツグン!!!快適にサイクリングできた~!





やってきました第一の関門、
因島大橋どーん。

因島大橋

何がキツイって、橋を渡るためには
あの高さまで自転車で坂道を
駆け上がらなければならないこと…

自転車でも登れるような
ゆる~~~やかな上り坂が
1~2kmくらい平気で続くので、
運動不足の太ももが悲鳴を上げまくった。

しんどい…

ほぼほぼ登り切ったところから見る因島大橋。
海をかける橋は、こうしてみるとやっぱり大きい。

因島大橋2





小さな因島で一番感動したのは、造船ドック…!!
船おっきくて、迫力満点…!かっこよすぎる~~~!!!

造船ドック

そんなこんなで、なんとか目的地、土生港へ到着~

お昼を食べてからしばらくフェリー乗り場で
のんびりと船を待った後、高速艇で
本日の宿泊地・岩城島へと向かった。





因島を離れやってきたのは岩城島。
ここは橋も通っていない、
船でしか渡れない小さな島。

岩城島

レモンの島らしい。
いろんなところにレモン畑が

レモン畑

農家のおばちゃんじゃなくて、
カンペキな日焼け対策を施した私です。

レモン畑2

浜辺にやってきた。
波がすごく穏やかで、まるで湖みたい。

岩城島2

この静かな場所でしばらく、
なーんにもしない時間を過ごした。

遠くに浮かぶ島の風景を見たり、
さざ波の音に耳を傾けてみたり、
考え事してみたり。

ヒトデがいたー!

岩城島3

特にすることもなく自転車で島を
ぷらぷらお散歩するのも楽しかった。

観光客も殆どいなくて、
堤防の上で釣りをしてたりするくらい。

GWなのに人混みとは縁遠い、
穏やかで優しい場所だった。

岩城島ステキ!

2日目はここで一泊。
心地よい疲労感で…すぐに寝てしまった。

【3日目】平山郁夫美術館と大山祇神社


朝5:45起床。
おいしい朝ごはんをいただいた後、
港まで送ってもらって、7:30の
フェリーに乗って第4の島、生口島へ。

フェリー1

フェリーに書いてあった。愛媛の言葉。
おじいちゃんの声が聞こえてくる。

フェリー2

生口島の海沿いの道をすいすいと快適に
自転車でやってきたのは、平山郁夫美術館。

いざ行ってみるとすっかりハマってしまった。。
平山郁夫、すごい。すごい。

天才っ!

素直にもっとたくさんの作品を見たい!!と思った。美術館に来てこんな気持ちになるのは初めてかもしれない。
お土産に絵葉書いっぱい買った。

これは絵葉書の写真。
瀬戸内のキレイな風景を本当に
見事に表現していると思う。

平山郁夫の瀬戸内海

原画を見て、一番気に入った絵。
因島大橋。ピンク色が本当にきれい。

平山郁夫の因島大橋

余談になるけど、この美術館にいてそういえば
思い出したのは、大学の図書館に何気なく
飾ってあった大きな絵画。あれも平山郁夫だった。

学生時代ももちろん
絵心なんか全くなかったけど、
それでもあまりの迫力と美しさに、
ぼーっと見とれてしまったことがあった。

こんな素晴らしい絵が飾られている図書館で、
ここで勉強をしているんだということを、
それとなく贅沢に感じていた。

森の向こうにわずかに垣間見える黄金色の空が
途方もなく美しくて、ずっと眺めていると
吸い込まれそうになっていた。

当時私は勝手にその絵を「学問の道」と
呼んでいたけど、正式名称は違ったらしい(笑)

平山郁夫「熊野路・古道」
学問の道
(※↑画像元:JAIRO 口絵・平山郁夫「熊野路・古道」



「真理探究の奥深さ」をテーマに描かれた作品です。
森の奥深く消える古道は学問の深遠さを象徴し、
上方に輝く曙光は厳しい道の果てにある希望と
安らぎを暗示しているそうです。(⇒出典

↑あながち間違ってないか。

とにかく平山郁夫の展示会があったら、
また行きたい。本当にすてき。





次の島を目指し、再び自転車で出発!!
多々羅大橋を渡るべく、ひたすらに
坂道を駆け上った。

足ぱんぱんだー。。

多々羅大橋

橋の向こうに見えるのが次の島、大三島!!



・ 

なんとか多々羅大橋を渡り切って、
第5の島・大三島へ到着。

ここの一番の目的は、大山祇神社へ行くこと。

しかしそこへたどり着くためには、
峠を一つ越えなければならなかった。

車だったら全く気にならないような
坂道だけど、しんどい、しんどい。

途中、藤の花が咲く小道があった。
きれいだ~。気品があるね。

藤の花

ぼろぼろになりながらたどり着いた、
大山祇神社~~!!

大山祇神社1

ここは国宝、重要文化財の指定をうけた
日本の甲冑の約4割が集まっているという
由緒ある神社。

大山祇神社3

平山郁夫が描いた風景。

大山祇神社2

平山郁夫の大山祇神社

お参りをしてから、おみくじをひいた。

結果は、半吉。

とにかくすぐに行動しろって
書いてあった(笑)





お昼ご飯を食べて、元気復活!!

また同じ峠を越えて、
多々羅大橋まで戻ってきたくらいには、
前より少しメンタル面で
強くなったような気がした。

しんどい坂道に出くわしたときの
気持ちの持っていき方が分かってきた。

もちろん体力的にキツいのは変わらないけど、
精神的に参っちゃうようなことは無くなった。

我ながらすごいすごい(笑)

ここから先はひたすらに
今治を目指して、橋を渡り、ひた走る。












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今年のやりたいことリストにも
掲げたし
各方面の方々から言われてる

116-40

考えてみたら私のブログって
本当に日々の出来事とか思ったことを
つらつらと書いてるだけで

116-31

軸となるような
メインストーリーがないんだな、と。

116-30

私たちが何者であるか
どういう経緯で現在に至るのか

とか漠然と語りたいなぁ~とは
考えているんですけどね常日頃!

116-32
116-33
116-34

だがしかし!!

いうてもう5月も中旬!
そろそろ動き始めたい!

最初の一歩、書き始めたら
勢いがついて書き進められそうだし!

というわけでまずは
全体像を思い出すために


116-42

たぶんこの作業がずっと
億劫だったんだと思います。

でもやったぞ!!

まとめるとこんな感じです
↓↓↓

116-35
116-36
116-37
116-38
116-39


そして一番最初の
新橋での出会いの部分を
下書きしてみました。

書くならちゃんと漫画風に描きたくて!

560249BE-8707-4F0C-8371-C02FF8429D79



こんな調子の48コマの下書きに
3時間くらいかかりました。

一番最初の飲み会の話だけで!

しかもまだ雑な下書きしか
書いてないし!!

116-41

挫折しそうorz

「書くならちゃんと書きたい」
って気持ちが大いに阻害してる気がする。。。



おしまい

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ご容赦くださいませm(_ _)m


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今回もひたすら
美しからぬトイレの話!

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前回に続き私が出会ってきた
ニーハオトイレのご紹介です。


4.仕切り横Ⅱ型:溝式、個別式


中国地元のとある卸売市場の
トイレがこのタイプでした。

114-11
114-12

大事な部分はしっかり
隠してくれるので安心です。



5.仕切り正面型


114-13

これは仕切りが全く意味ないパターン。
一部始終全部丸見え\(^o^)/

114-14


北京留学時代でしたが、
車で郊外へ遊びに行ったとき
途中立ち寄った休憩所のトイレが
このタイプで。。。

しかも混雑してたので
並ばなきゃいけないく・・・

前の人の様子を余すところなく見た後、
人の視線を感じながら用を足しました。

こんな状況でw↓
114-15

こんな経験は後にも先にも
この一回だけでしたが。
いい人生勉強になりました。



6.ウエスタン型


西部劇に出てくる酒場の
入り口みたいなイメージ。

114-16


どこだったか西洋文化圏の国へ旅行した時も
このタイプのトイレあった気がします。

114-17


足と頭は丸見えだけど、
扉のカギが壊れてても
中に人がいるのが一目瞭然だから
間違って開けられる心配がない。

ただし、洋式便座に安心して
座れるかどうかは全く別の問題。



7.個室型:洋式、和式


ついに!!これこそ私たちが
よく知ってるトイレの形!!!

114-18

ただし・・・
個室のカギがついてなかったり
壊れてるものも多いなので

扉があるからといって
安心することなかれ。


114-19
114-20


中国のトイレの個室のドアは
壊れてる率がめっちゃ高いので、

どうせ壊れるならういっそ全部
ウエスタン型にしちゃえばいいのに
って思ってます。



(おまけ)
ニーハオトイレ
実際の写真が見たい方はこちら

対処法まで徹底解説
してくれてるので
中国へ旅行される方は
参考にしてみてください(笑)


あと、他にもこんなタイプの
ニーハオトイレ使ったことあるよ!
っていう方いたら
ぜひ
情報提供お願いします(笑)

素直に興味ある!!



おしまい

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もう一度言います!

本当に汚い話ですから!
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中国のトイレ事情で
避けて通れない話題と言えば
なんといってもニーハオトイレです。

ニーハオトイレとは
一言でいうなら
便器が壁で覆われてないトイレ
ですかね。

なので、用を足してる姿を
見たり見られたりするリスクと
常に隣り合わせ\(^o^)/


というわけで、
私がこれまで出会ってきた
ニーハオトイレ一覧、列挙します!!
(思い出せる限り)


1.原始的完全開放型


これは中国に限らずですが(笑)
要は、人工物が全くない自然環境の中で
用を足す状況のことです。

114-1

私は北京郊外や内モンゴル自治区の
草原エリアで何度か経験しました。

岩陰はスリルある!!
角度ズレたら丸見えなんで。

草むらはズボン上げ下げする
タイミングうまくやれば大事な部分
しっかり隠しながらいけます。

114-2

みんなで用を足すときも、お互い
ある程度距離を置いてやれるので意外と
安心感(プライベート感)あります。

何より開放的で気持ちいい!

自分も大自然の一部になれたような
一体感。プライスレス。



2.全開放型:溝式、個別式


これは今も健在。
少なくとも福建省ではよく見かける
気がします。特に田舎に多い。

114-3
114-4

たまたま私が訪れた村の小学校は便器タイプ。
高校のトイレも溝タイプでした。

溝タイプは、深めの溝があって
チロチロ水が流れてたような気がします。
もちろんモノは普通に残ってます。

114-5
114-6


3.仕切り横Ⅰ型:溝式、個別式

114-7
114-8

一応仕切りを作って
プライベート感出したつもりなのか
分かりませんが、結局丸見えです。

114-10

でも横から太ももが見えるだけだから
まぁ、いいのかな。←よくはない。



IMG_8149

写真はホンモノじゃなくて模型です!
が、ほんとこんなイメージ。
見るからに臭そうですよねw

(※香港・深水埗メイホーハウス団地博物館の展示物)



余談ですが、モノが溜まりまくった
超絶汚いトイレの臭さって

菜箸をグンッと鼻の奥に
突っ込まれるくらいの強烈な刺激臭に
なるんだなと思いました。

モヤっとしたガスとかじゃなくて
具現化した刃のような鋭さがあります。
「臭い」を超えてもう「痛い」レベル。
息できない。


あとは学生時代、山東省のとある
ド田舎の家にお世話になった時の
豚小屋隣接ボットン型トイレ(屋外)
も忘れられません。

豚のケツ見ながら用を足す。

私も結局は彼らと何一つ変わらない
いち動物に過ぎないんなんだな
と思い知りました。


しかもボットンといっても
穴が斜めに掘られていてモノが
素直に落ちていかない地獄の構造。

みんなのが割と近いとこで溜まってんの。

残念ながらあのトイレの光景は
今も私の記憶に鮮明に残ってます。


ほっんと汚い話ばっかりで
すみません・・・


つづきます!!(笑)

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